夢遊病




ぱたんとドアの閉まる小さな音。
深夜2時30分…少し前。


いつもの“あれ”が始まった。





薄暗い、月明かりさえ射さない廊下を歩き続けるカタマリ。


「ハイド」


声を掛ければ振り返る。瞳は闇と同化しているが、白目は暗さに慣れた目にはちゃんと白として届く。


「あと少し」


怯えた声がそう言った。 会話は成り立たない。言葉を返すのは声というオトに反応するから。決して掛けられた言葉を理解しているわけではないから。



わかっているけれど。 「なぁ、寝よう」

わかっているけれど。 「ケンちゃん、お前が居らんと寂しいねん」




わかっては、いるけれど。


こっちを向いていても、俺のことなんか見えていないハイドは、傍のドアノブに手をかけて『あと少し』のそこへ行こうとした。







君の頭では誰が話しかけているの?
あと少しのそこへ導くのは誰なの?
俺のコエはそいつより弱い力なの?








「行かせへんよ」


笑顔で手首を掴んだ。ハイドの顔が恐怖なのか、痛みなのか、両方なのか、微かに歪む。


「戻るで。寝る時間や」


力ずくでベッドルームに引きずり戻す。小柄といえど男の力で抵抗されれば簡単にとはいかない。 嫌だと叫び喚くのを聞かぬ振りして、お前も俺の声を聞いてくれないだろうと開き直って。 やっとのことでベッドに落として、逃げないように跨がって、押さえ付けて。衿を掴んで首元からキスをして。


「あと少し、あと少しなのに…!」


嫌だの次にはそうやってうわ言を呟く。
悔しいから、俺は毎晩俺を覚えさせるのに、朝には何も覚えていなくて、次のヨルにはまた脳内の誰かにそそのかされる。 こうやっていくら抱いても自己満足にさえならないのに。







全てを終えて、ベッドに残る後悔の残骸に、終わりに辿り着けない君と、どうしようもない終わりしか迎えられない俺とどっちが辛いのか考える。 いつも、答えのでないまま。

虚ろな瞳で天井を眺めるハイドは、瞼を閉じれば雫を睫毛に浮かばせた。一粒だから余計に重いそれが、綺麗に目尻に溢れ出た。毎晩の過ちの後、初めて僅かに開いた唇が「あと少しでトドくのに――」















「ケンちゃん」























――辛いのは君だった。
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