|
さよなら讃歌 溶け込んでるといってもいいくらい、滑らかなギターの音。 陽射しはもう春。窓の外では冷たい風に煽られて顔をしかめた女の人が、バックを抱きしめて歩いている。俺はそんな彼女をぼんやり見ながら、楽屋の窓際で日光と音楽を独占している。 ふっと、高校生だった頃を思い出す。 ふたりきりの空間 ケンちゃんのギター 卒業式の、あの日 ケンちゃんは昔から何の気無しにギターを弾くのが好きで、そして上手かった。俺にとっては、癒しの音楽って銘打ったCDよりも、波の音よりも、鳥の声よりも、身体に馴染む音楽をいつでも気がつけば弾いている。 「ケンちゃんは大学で何するん?」 窓の外では冷たい風に煽られて顔をしかめた女の子が、リボンの付いた筒を大事そうに抱えていた。 「建築学」 白いレースに飾られたオレンジの薔薇を胸にさした、幼なじみが振り返った。 「…だから、何するん?」 「よう知らん。ビルとか研究するんやない?」 「なんやそれ」 呆れた笑顔を見せた。けれど、引きつったようなそれはさっと消えてしまって、心の中に空白が出来たような気まずさをつくった。 一度つくった笑みを再びつくり直すのはあからさま過ぎる。無表情でいるのも深い意味があるように思われる。だから、外を眺める振りをして顔を反らした。窓ガラスに映ったケンちゃんは、少し困ったように笑っていた。 会話のなくなった教室に、ギターの音が響いた。厚く柔らかい音色。けれど今日は心地いいわけでなく、慰められているようで、俺は奥歯を噛んだ。そして、その圧力から逃れるように口が開いて言葉が漏れた。 「音楽、続けるん?」 聞きたくて仕方なくて、でも答えを知るのが少しだけ怖くて。 『うん』――ただその一言だけを期待して。 「どうやろなぁ」 ギターの音は途切れて、ケンちゃんは天井を仰いだ。 そして、教室にケンちゃんの音は二度と戻らなかった。 教室で聴くギターは色々なところにぶつかるから、変に反響して悪戯な音になる。 それに近い音を、今、あれから20年経って聴いている。あの時の歯痒さはない。旋律は心地いいばかりで、次第にまばたきがゆっくりになる。 窓ガラスに映るその人は穏やかな表情で、俺は懐かしく奥歯を舌で撫ぜて眠りに落ちた。 ... |