NOT HICKEY


落ち着かないほど柔らかなベッドに身体を沈めて、ぼうっと天井を眺めていた。ツアーも3日連続のその3日目ともなると、さすがに疲れる。歳をとったってせいもあるんやろうけど、ライブが終わって袖にはけた瞬間、幸せな空気に包まれながらもフラーなる。
(それが歳くってわかる醍醐味かもしれへんけど)

某高級ホテルの一室。ホントはシシオドシがカターンゆうて、美人女将が迎えてくれるような老舗旅館がええんやけど、旅行やないんやから仕方ない。真っ白でこれもまたふかふかな枕に頭を預けて寝よかなと思ったその時、ガチャリと玄関のドアの開く音がした。反射的に上半身を起こす。この部屋の鍵を持ってるのは俺だけのはず。マネージャー?なんでチャイムを鳴らさへんのや。どうすることも出来ずに頭の中で様々な事態をハイスピードでシュミレーションして、部屋の入口を睨んでいた。

カチャンと静かに戸が閉まる音がして、足音も聞こえない数秒間を経て、はじめに見えたのはふわっとした茶色い髪。


「なんだ、ケンちゃんか…」

「あれ、起きてたん?」


ふと顔をあげた彼は、キョトンと呟く。寝てるかと思ったと言って、ベッドに腰掛けるとくしゃっと俺の頭を撫でた。そして「ねむりひめへのチューはおあずけな」と笑った。大きな手に妙に安心してしまって勢いのままベッドに倒れ込むと、添うようにケンちゃんも身体を寄せてきた。


「子守唄うたったろうか?」

「うたえるん?」

「ねーんねーん、ってやつなら」


俺の心臓に手をのせて意気揚々と歌い出すから思わず吹いた。それじゃ眠れんて。ケンちゃんは「なんや」と口を尖らせたけど、すぐに視線を下に落とした。


「なに?コレ」


胸に置いてあった手が鎖骨の辺りをまさぐって、シャツ越しにペンダントに触れた。胸元にちらりとシルバーのチェーンが覗く。


「この間買ってん。珍しく気に入ったんあったから。見る?」


ちょっと自慢したかって、体を起してそう言ったんやけど、ケンちゃんはすでにボタンを外し始めていた。クロスと林檎のモチーフのトップを見るやいなや、シャツを掴んでいた手は俺の肩を押しそのまんまベッドに倒れ込んだ。


「え?なに?」


そんな言葉は無視されてケンちゃんは首筋にキスをしてきた。そして長いチェーンを辿るように唇を這わせる。流れが読めないなかでもケンちゃんの匂いが、頭に直接流れてくる。ほのかに石鹸の香りも。ぬるい唇の温度が俺の身体にじんわりと響いて、脇腹を掴む手は風呂上がりらしく直に触られなくても火照っているのがわかる。 肌をくすぐる吐息はそれ以上に熱い。


「ちょ、ケンちゃん…っ」

「林檎は食わなぁな」

「…は?」


くす、と小さ笑うてまた黙ってしもうた。ちょっと可愛らしい発言にどきっとしてしまったのは置いといて。俺も高ぶっていたのは事実で、ぎゅっとシーツを握りしめた。


「ん……!」


突然の痛感にゆっくりと薄く目を開く。

視界に映った、カチリと林檎を噛んで口の端を上げたその表情に、もーいーやって感じで。






キモチイイんだか、
くすぐったいんだかわかんない
ぞくぞくする感覚に任せようと
その背中に腕を回した、





その時。




「な、なにしとるん?!」


甘くなるはずだった空気を引き裂いた声の主はテッちゃんだった。


「あーあ」


ケンちゃんは溜息と共に身体を離した。口をぱくぱくさせるテッちゃんの後ろにいたユッキーは平然とした様子でテッちゃんの代弁を始めた。


「ケンちゃん、晩御飯だからハイドくん呼びにいったんでしょ」

「うん」

「御飯の前にハイドくんをいただいちゃおうなんてダメだよ」

「ユッキーうまいこというなぁ」


抜けた会話と放心状態のテッちゃんを前に、俺はもうなにがなんだか。というか、生殺しですか。


「じゃ、早く来てよ」


くるりと踵を返しテッちゃんの衿を後ろ手に引きながら、ユッキーたちは出ていった。また二人に戻った部屋でふたり目が合うと、ケンちゃんはそっと耳元で囁いた。


「続きが欲しかったら後で部屋においで」



耳たぶを掠って顔を離すとベッドを軋ませて立ち、先に出てってしまった。

はだけたシャツのボタンを閉めるのも阿呆らしくて、着替えようとトランクに手を掛けたとき、ふと鏡に自分が映った。

首筋に、うっすらと歯型が。

よりによって見えるところに……

付けた相手を恨みながら、でももう消えかけてることを寂しく思いながら、
そっと掌をあててみた。


...